中島みゆきコンサート(劇場版)を見る
寒中の3連休、自分が住むのは冬のさなかに外で遊べるような地域ではないので、映画のひとつでも見ようかと思い立つ。地方都市の限られた上映中のものを探すとなんと、中島みゆきのフィルムコンサートがあるではないか。彼女の8歳年下の自分は、学生時代中島みゆきの歌と深夜ラジオ(オールナイトニッポン)を聞いていた。近頃、中島みゆき引退か?みたいなニュースも見聞きしたので、これは行くしかないと出かけた。
なによりまず、みゆきさんが元気で歌ってくれていてほっとした。70歳を過ぎてなお、このパワーがあるのは凄い。劇場版は複数のコンサートのよいところを切り貼りしているとのネット情報もあったが、そんなことはささいなことだ。
スクリーンで歌っているのを見ただけで元気をもらえたのだが、このごろ新曲はほとんど聞いておらず、曲のリストの半分以上は馴染みがなかったのだ。そんな中で…
懐かしかった「店の名はライフ」
一緒に行った夫いわく、「この曲を聴けただけで元が取れた」と。
この曲は、1977年に発表されたアルバム「あ・り・が・と・う」の中の収録曲。そのころの自分はまだ、中島みゆきを知らないのだが。3番までは「ライフ」という店の描写で、4番は別の店となってしまった後の描写、そして最初のフレーズの繰り返しで終わる。今はAメロ、Bメロ、サビ…などという構成が主流かもしれないが、自分はこの1番、2番…というのがしっくりくる世代だ。ちなみに1番の歌詞は
店の名はライフ 自転車屋の隣/どんなに酔っても たどりつける
店の名はライフ 自転車屋の隣/どんなに酔っても たどりつける
最終電車を 逃したと言っては/たむろする 一文無したち
店の名はライフ 自転車屋の隣/どんなに酔っても たどりつける
何度も繰り返される「店の名はライフ」というフレーズ。サビらしいものもなく、淡々と曲は進む。そげるだけそいだと思われる歌詞は情報量が少ない。そのくせ、店の情景がありありと浮かぶのは不思議だ。Gパンにワイシャツの冴えない学生たちがたむろして、小難しいことを言い合っていたのかもしれない。この歌に感じられる時代の臭いが、自分の学生時代を思い出させる。キャンパス内に学生運動の名残りはあったものの、平和な学生生活が送れた時代。(自分の大学が特殊だったのかもしれないが、少なくとも自分の周りは)貧乏学生ばかりで、お金がないことがさしたるコンプレックスにはならなかった。親からの送金前には、白米ではなく小麦粉を水で溶いたのを焼いて腹を満たしていた友人もいた。数年前、30年ぶりくらいに母校に行ったら、講義棟が新しくなりおしゃれでこぎれいな学生ばかりだった。自分と彼らでは話が合わないだろうな。
みゆきさんの歌詞は、長々とした説明がなくても、映像がありありと浮かぶものが多い。これでもかこれでもかと自分を卑下し、他人と比べてコンプレックをえぐり、自分を捨てた男を忘れられない、そんな女性がたくさん出てくる。一方で、自分の足で立って歩くんだよと背中を押してくれる歌も多い。弱い自分を認めることができて、あらためてそこからスタートできるということなのか。(簡単に片づけて申しわけありません)
一番響いたのが、ひまわり”SUNWARD”、1994年のリリース。ロシアのウクライナ侵攻とは関係なく作られた曲だが、ひまわり=ウクライナのイメージがあり、結びついてしまう。今も世界中で紛争は続いている。武器の殺傷能力が高くなっている分、凄惨さは増している。この詩も大きな映像が目の前に浮かぶ。
「楽しむ」ということ
映画終了後のクレジットでは、関わった人々の名前が延々と流された。コロナ禍の中「不要不急」のことは避けるようにといわれたが、エンタメは「不要」ではない。人々は娯楽を必要とするし、それによって莫大な雇用も生まれる。劇場公開、CDやDVDの販売などコンサートに付随する経済波及も大きい。家電、車、住居など必要なモノがほぼ人々にいき渡って久しい。随分前から、「モノ」より「コト」の時代と言われているが、まだ日本は「人を幸せにするコトづくり」に軸足を移せていないかもしれない。
今年のNHK大河ドラマは江戸の娯楽がテーマ。番宣を見ていると、江戸の人々の日常を楽しむ感性を再発見させられる。そのDNAは自分たちにも受け継がれているはず。一度きりの人生を楽しまないのは本当にもったいない。
では、楽しみとは何か。面白いものを見聞きするのは間違いなく楽しい。しかし自分には何かが ”できた!”という瞬間が1番かもしれない。いわゆる達成感というやつ。達成感というのは脳が快感を感じる最上級レベルのものだと思う。ただし達成感を感じるためには、いくばくかの産みの苦しみが必要で、そこを超えなければならない。山登りでは頂上からの美しい景色がごほうびだし、フルマラソンを走り切ればヨロヨロでもアドレナリンは出まくる。文章を書くのもしんどいが、書き終えて形になると達成感がある。やってみないと「なんで好きこのんでそんな苦しいことを?」となる。なんでもやってみないと分からない。と、中島みゆきから最後は変なところに着地してしまいました。


