そのとき、日本は何人養える?

これが本のタイトル。著者は、農業博士で農業研究家の篠原信氏。以前「多和田葉子著『遣灯使』」の中で書いた日本は3000万人を養うのが手いっぱいというのは、この本から引用している。*以下、食糧とは穀物やイモ類など高カロリーで生命維持に不可欠な食品という意味で使い、野菜その他の食料と分ける

今は離農が進んで休耕田や荒れ地が増えているが、それらすべて農地にもどしても、3000万人養うのが精いっぱいだと書かれている。3000万人というのは江戸時代の人口。江戸時代よりは単位収量が増えているのに、そのころと同じなの?と思うかもしれない。だが、大型農機具がなく化学肥料や農薬も使えなければ、収量は大幅に減る。化学肥料も農薬も石油を使って合成される。今のところ出力の大きな大型農機具を電気で動かすのは難しいそう。飼料用穀物が輸入できなければ牛も肥育できないので牛糞堆肥もなくなる。つまり、石油や飼料用穀物の輸入が滞ると農産物の収量は激減するのだ。

有機農法があるじゃんと思うなかれ、日本の高温多湿は虫やカビがにとってパラダイスなのだそう。梅雨時期には油断するとすぐ物が腐るし、虫も増える。消費者がみんな「虫食いなんてへっちゃらさ!」と言ってくれれば農薬の使用は最小限ですむかもしれないが、実際には無理だろう。農薬を使い続けたことにより(人間にとっての)害虫の天敵も駆除され、天敵を使った害虫駆除も難しそうだ。旬の時期に収穫するよう作付けすれば比較的病害虫に強くなるが、そうなれば価格が暴落する。つまり農薬を使わないのは現実的ではない。

この本の記載外だが、日本のように雨が多いと土にすき込んだ葉っぱなどが腐葉土となりにくい。せっかく作られた有効成分も雨で流されて表土に留まれない。このあたりは3大肥料成分N(窒素)P(リン酸)K(カリウム)が土壌中で何と結合するかなど複雑な化学の問題とも密接に関係するそうなので敢えて触れない。ちなみに日本の土壌は褐色森林土という種類で保水能力が高い。(日本各地の土壌サンプルは上野国立博物館の地球館にあります)

有機栽培に取り組んでいる農家の記事を見ることがあるが、それは有機農業が難しくやる人が少ないからだろう。努力に見合った価格で買ってくれる人がいなければ継続できない。兼業農家だった父が「有機栽培や無農薬栽培は無理」と断言していたのはこういうことだったのだ。来年こそ化学肥料を使わず、そのへんの雑草や下草や落ち葉や米ぬかなどで有機農法をという甘い計画は方向転換を余儀なくされそうだ。→自然農法の試み③大いなる誤算と悲しい結末

飢餓の原因は食糧がないからではない

大規模農業の国は、生産した農産物を自国で消費しきれず食糧がだぶつく→途上国も含めた海外へ安く輸出する→

途上国では海外から安い食糧が入る→自国で生産した穀物等は高くて売れない→現金の入るコーヒー農園などに農地を売る→収入がなくなる、他の産業もない→安い穀物も買えない→飢餓になる

つまり、安い穀物の供給を供給することで食糧以外の支出ができる→経済活動が活発になる→消費者に収入が入る

ここのポイントは2つ

1.食糧の供給は安くあるべき

2.農業以外の産業で経済を回すことで消費者が食糧を買える

この2つはセットである。逆に言うと食糧が高い→他の消費が減るの→収入が減る→高いと買えないので食糧は安くなる→生産者の収入も減る。もちろん、こんなんじゃ農業はやってられない。しかし食料の確保は国策としても重要なので政府が補助金を出す。他の産業で稼いでいただいて、納めていただいた税金で補助金を出し農家を支える。これは先進国では当たり前のしくみなのだそう。

今年起きた令和の米騒動で、何らかの要因で米の供給が滞ると大変なことになるということが分かった。やっと今年は肥料・農薬・燃料の値上がり分を価格転嫁ができ、コメ農家も一息つけたかもしれない。この状況を受けてどこかのアナリストは、政府備蓄米を放出して米の価格を下げろと言っていた。農家はもうからなくてもいいから、その他消費者が娯楽に回せるお金を増やすべきだということだろう。ある意味正しいが、それでは今踏みとどまっている人たちの離農を促進することにならないか。

解決策は日本が世界で戦える分野を磨いてお金を稼ぐこと?

その上で税金をがっぽがっぽ集めて、その一部を補助金として一次産業に回すことが十分な食料を確保するための方法だということか。経済がうまく回って国が豊かにならないと、日本も飢えることになりかねない。環境保護のため経済を減速することで、結果として食糧確保さえ難しくなるとしたら、「きれいごとでは食えない!」になってしまう。

この本では、土壌への負荷、環境汚染、経済活動による環境破壊の問題にも触れてはいるが、申しわけ程度と言っていい。日本で環境に配慮しながら農業で収益を上げるのは至難の業だということを、農業研究者である著者は熟知しているのだと思った。

日本経済がもっと失速して海外から食料を買えなくなっても、実家の田畑があれば食うには困らないだろうと考えていたが、これは甘い考えだと気づいた。食料が買えないくらいなら肥料や農薬や燃料も手に入りにくいだろう。肥料・農薬は収量が減るのを我慢すればなんとかなるかもしれないが、農機が動かせず手で耕作するとなると絶対無理だ。農耕用の牛馬を調達することも然り。深く耕せないことにはろくなものが作れない。

あちらを立てればこちらが立たず。果たして、ウィンウィンはあり得るのだろか。

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