ありえない未来ではない:多和田葉子著『遣灯使』
あらためて中古で購入して読み直してみた。この小説は東日本大震災の後書かれたもので、福島原発事故の影響があるということ。救いがあるのかないのか、よく分からない。ただ、近未来にこれに近いことが起こらないとはいえない。しかし、なぜ未来小説には今よりハッピーという状況がほぼないのだろう。
小説の中で今起きていること
原発事故か何かで日本は汚染されてしまい、今でいう「普通の」生活ができなくなっでいる。東京23区全体が「長く住んでいると複合的な汚染にさらされる地区」に指定され、土地も家もお金に換算できる価値を失った。個別に測ると基準値を下回るものの長期的にこの環境にさらされているのは危険だということで、23区を去る人が増えた。一方、多摩から長野にかけての地域に都心からの移住者が増える。主人公の無名(むめい)と曽祖父の義郎(よしろう)が住むのは、23区外の東京西部の仮設住宅だ。
子どもが、くにゃくにゃになってしまった未来の日本
子供は大きくなれず、長く歩くことができない。歯がもろく固い物が食べられない。骨が弱くまっすぐの座っていられないから、学校には机もいすもなく畳敷き。こどもたちは軟体動物のようにくねくねころころと組み合って遊ぶ。主人公の無名は、そのような子供たちののひとりで小学生2年生の男の子だ。そういう時代に対応できるようにか、子供たちは状況を受け入れ楽しんで暮らしているのが、大人たちにとっては救いとなっている。
年寄りは死ねなくなったらしく、ひとりでは生きてゆけない子供たちを養育している。無名も100歳を超えた曽祖父の義郎に育てられている。無名の母は無名を生んですぐ亡くなり、父(義郎の孫)は更生施設を抜け出し行方不明、義郎のひとり娘は夫婦で沖縄に移住、義郎の妻は遠いところで施設長として働いていてと、家族はばらばらに暮らしている。
この時代は気候が極端で、本州では農産物が採れなかった。北海道と沖縄では農産物が採れ、東北地方は栄養豊富な雑穀が採れた。鎖国政策をしていたので食物の輸入はなく、農産物が採れる国内の地域は他の地域へ特産物を売って経済的に豊かである。物々交換に近い。東京あたりは特産物がなく、飢えはしていないようだが食べ物を探すのに苦労している。そんな状況下でも義郎は無名に栄養のあるものを食べさせたいと、市場に行ってオレンジなどの果物を買い、皮をむき絞ってジュースにして飲ませる。義郎の無名に対する養育はあらゆる面で、かゆい所に手が届くだ。
タイトルの遣灯使というのは、15歳になった無名が負うことになった使命。奈良・平安のころの遣唐使と同じく海外に遣わされる使者である。
ぼやけた輪郭と「はて?」な最期
ふりかえると、この小説はどうも輪郭がぼんやりしている。インターネットが禁止され、テレビも見なくなった中で、小説中の情報の大切な部分が本当に起きていることなのか、噂話のようなレベルなのかがわからない。義郎にも、鎖国のため海外の状況がわからないばかりか、移動範囲が狭いためごく近くで何が起きているかさえはっきりしていない。
ラストシーンでは、主人公の無名がいつどこで何をしていて、これからどうなるのかが自分にはさっぱり分からない。もう一度戻って、登場人物や時間経過、背景をなぞってみるが、やっぱりすっきりとしない。
ただ、この小説の置かれた状況は、ありえる未来かもしれない。
東京都が大地震にみまわれて首都機能が壊滅状態になる、気候変動によって世界中で食料不足になって食料の輸入がストップする、電力不足で電化製品が使えなくなる、などなど。
本題とあまり関係ないことを考える
以前、「むだマッスルは経済を回す?」で労働で使わない筋肉を鍛えるのは無駄でないかと書いた。この小説の中では、飢餓で真っ先に亡くなったのは背の高い男性とさであり、背が低いのがトレンドというか身長を測ることさえ無くなっている。今、肥料や飼料や燃料も含めすべて国内でまかなって農産物の生産を完結させるなると、日本は3000万人を養うのが精いっぱいだという試算があるらしい。
また、骨が弱くなって蛸みたいに動いている子供の描写から、硬い骨は動物にマストなのかと考えてしまった。陸上では素早い移動ができにくいのは致命的だが、水の中ならどうなのだろう。そうだ、サメがいた。サメの骨格は柔らかい骨である。でも、歯はすごく固く、死ぬまで生え変わるはず。調べてみたら、サメは歯と鱗(うろこ)にカルシウムを集中的に使っているとらしい。海の中で重力に逆らう必要がないので、エサを採ることに特化したのは合理的。卵はメスの身体の中でふ化してある程度大きくなって出てくるので卵は最小限産めばいい。サメにはある程度高い体温を保つしくみもあるらしい。かなり優秀な生き物だと感心したが、それゆえサメの種はあまり進化してないのだそう。進化とは環境が変わった時それに対応できるように変わることなので、もともと環境変化に耐えられうる種は進化する必要がないというのだ。いざとなったら、サメは強そうだ。


