生物の進化を考えて迷走する

「なぜ同性愛が存在するのか」から始まった…

生物の存在意義が次世代に命をつなぐことだとすれば、雌雄が別れた種にとって同性愛とはどんな意味があるのだろう。学術的に人間以外の動物や鳥類にも同性愛があると証明されているそう。

最初の生命はアメーバーのような単細胞生物で細胞分裂で増殖した→単為生殖(無性生殖)。このとき、新しくできた細胞も、元の細胞と全く同じ遺伝子を持っている。その後生命は変化し続け、別の遺伝子を取り入れる有性生殖が誕生。周辺環境が激変し多くの生物が死滅しても生き残れたものが現れた。しかし単為生殖が有利な点もある。再生サイクルが短いので数を増やす能力は高いのだ。

お互いメリット・デメリットがあるためか、有性生殖になったからといって雄雌の役割が固定的になるわけでない。さまざまな種で性転換が起きる。自然界ではオスとメスが出会うのは結構難しいからだろう。例えばプラナリアは、環境がいい通常状態では自分の体を分裂させて増える単為生殖で増えるが、有事には体の中に雌雄の生殖器を作り有性生殖に切り替えるそうだ。驚くことに哺乳類以外の脊椎動物の中にはメスが生んだ卵が精子なしで孵化するケースも観察されたそう。動物園などの人工飼育下でごくまれにだが。単独で絶海の孤島に流れ着いたメスが単為生殖をして群れをつくることが出来るかもしれないとナショナルジオグラフィックの記事にあった。

素数ゼミの話し

9月29日に放送されたNHKの「ダーウィンが来た」は素数ゼミと呼ばれるセミについての回だった。北米で今年2024年に、13年に一度現れる種と17年に一度現れる種が13×17=221年ぶりに同時に現れた。このように一定の周期、それも素数の周期であるのは、氷河期という過酷な環境での生き残り策だった。北米には氷河期でもわずかに暖かい地域が残ってはいたが、セミに栄養を与えてくれる樹木の生長も遅かった。それに合わせてセミの成長もゆっくりとなった。発生が周期的に起きるのは、1000のセミが10年で成長し地上で繁殖行為を行う場合、毎年100匹ずつ出て来るより10年に1回一斉に1000匹出てくる方が婚活しやすいから。違う周期のセミと交配すると別の周期のセミが生まれ、次の世代がばらばらに発生し出会う確率が減る。何万年も世代を繋ぐ中で、他の周期ゼミと交わる可能性の低い素数周期のゼミが生き残ったという説が有力らしい。

人間は意味や意義を求めるたがる

私たちの周りで、イレギュラーなことは常に起きている。人間はそのうちのわずかな事例を見ているにすぎない。人間は法則を見い出したがり、作った枠に収まらないとなぜだろうと考えこむ。でも、世界はそんなに単純ではないさと思う。

素数ゼミは生き残るのに有利な遺伝子を獲得したので生き残れたのである。逆、つまり生き残り策として周期ゼミとなるように変化したのではない(と思う)。しかし私たち人間は、ここにはどんな意味があるのだろうと考えたがる。感情をゆさぶられるのが心地よくできているからか、「ああ、素数ゼミは酷悪環境を生き延びるために遺伝子を作り替えたんだ、自然ってなんて奇跡的なんだろう!」などと思いたくなる。本当にすごいのは遺伝子は変異して生き残ろうとすること。そうだから、こんなに多種多様な生命がいて私たちを楽しませてくれる。

人間社会における同性愛

少し前まで正常ではなく恥ずべきこととされていた同性愛。だから、カミングアウトという言葉も使われている。これは道徳や倫理、恥や外聞などの概念がある人間社会だから問題になる。昔からお寺の修行僧や戦国大名の小姓など、同性愛はあったと聞いている。近代の方が大らかだったのかもしれない。

自分は同性愛に不快感やその他の特別な感情はない。「そうなんだ」という感じ。感情や感覚として共感はできないながら、少数だというだけで実際に存在するのだから。

制度上は、同性間の婚姻は認められるべきだと思うし、戸籍上の性別変更も少し柔軟に対応してもいいと思う。同性愛者が不利益な立場に立つのはおかしい。

*プラナリアの生殖について詳しく知りたい方は、詳しすぎますが、ソースは信頼できるこちらから→理化学研究所 ”人はプラナリアになれるか

素数ゼミは今年話題らしいので検索でお調べください。

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