コンピューターロボットに心はあるのか
My favorite : 子ども科学電話相談より
タイトルは子どもからの質問、回答者は、岡嶋裕史先生(中央大学国際情報学部教授)。
岡嶋先生の回答:人間に心があるかはまだ分かっていない
よく分からないのでコンピュータで心を作るのは難しい。それでも、心っぽいものは作ることができる。
さらに先生の経験談として、「僕よく、心がない(人の気持ちが分からない)」と言われる。例えば、小学校の授業で映画を見に行った時、隣で悲しくて泣いていた友人の気持ちがよく分らなかった。相変わらず人の気持ちは分からないけれど、長く生きて経験を積んだことにより、どういう状況でどういう言葉を発するべきかを学習し不適切発言は減った。
AIはたくさんのデータを使って、人間のふるまい、気持ち、発する言葉などを学ぶ。そして、心があるみたいにふるまい、心があるみたいにおしゃべりすることもできる。
また、人は身近なものに心を感じたがる。ぬいぐるみ、植物、動物、故人、思い出の品などなど。
妄想編:人間の「こころ」とAI
「こころ」のイメージは感性の集合。でも、感じるだけで言葉として表現できなければ、こころは貧しいままではないか。こころの始まりは言葉を発することかもしれない。
生まれたときの脳はほぼまっさらだが、周りからの刺激(情報ともいう?)で神経細胞のネットワークができていく。これはコンピューターも同じかもしくは類似している。膨大な情報を得て、それを取捨選択をして重要なことを記憶していく。コンピューターは容量が大きいので捨てる必要はないかもしれないが。
昔から、AIが自分で考えるようになって人間社会を乗っ取るのではという危惧があったが、はたと分からなくなる。おそらく大多数の人間は、「こころ」があることで自分たちは他の生命よりも優れていると自画自賛しているだろう。だが、人間は実際にそんなに大したものなのか。昔から奪い合うし、殺し合うし。限定的な経験しかできず、脳のキャパの低さからか見たいものしか見ない。だからとんでも人間が国家元首になっている国もたくさんある。AIに正しい教育を施した方がまともな政治家が生まれ、まともな政策を実行してくれるのではとまで思う。
AIについて危惧されていることはほぼ、これまで人間の歴史の中で起こってきたことだ。「AIがどうやってデータ処理をして答えを導くか分からないのが怖い」とも言われるが、それなら人間はどうか。究極のピンチの場面で脳が非常に高速回転するという経験をしたこともあるが、その時頭の中で何が起きていたかは説明がつかない。回路がどう繋がっているかわからないのは、人間もAIも似たり寄ったりではないか。
AIには多様な使い方が期待できるが、「こころ」的という中では、精神科医のようなカウンセリングができないだろうか。ある程度表情が作れるロボットなら、人間は身近なものに「こころ」を感じたがるという傾向から、表情が多少不自然でも。患者が補ってくれるかもしれない。精神科医の学ぶ膨大なデータと人間に関するるいろいろなデータを取り込んだら、人間の精神科医よりも優秀な傾聴者になりうるかもしれない。何時間聞いていても疲れないだろうし。
弱々しい宣言
最後に、長いこと色々なテーマを書きかけては頭の中でまとめられず長らく投稿しませんでしたが、考えたことを記録しながらボケ防止をしようと再開します。なるべく広げすぎず継続するが目標です。このたびもだいぶ自制しましたが、削った枝葉についてはまたの機会に書けますように。


