小松由佳 「人間の土地へ」

「2006年非情の頂、K2からの帰還」という章から、この本は始まる。

1982年秋田市に生まれた著者は、日本人女性として初めてのK2登頂者となる。K2は標高世界第2の山だ。遭難者の多い危険な山であるそう。彼女ともう一人のパートナー(青山さん)の登頂も過酷を極め、特に下山は死と隣り合わせの危険なものだった。冷静な判断とおそらく運も手伝って彼女らは無事下山した。

しかしこの後、彼女は本格的な山登りからは遠ざかる。登山で出会ったポーターたちの生活に触れたことを機に、中国からユーラシア大陸を旅をして、半年間遊牧民や山岳民族を訪ね歩いた。そこで出会ったシリア人のラドワン青年とその家族アブデュルラティーフ一家、そして彼らを通してみた激動のシリア情勢、それがこの本の主題だ。

ラドワンさんの故郷シリアは、長い間アサド大統領の独裁統治下にある。それでも、内戦前のシリアは平和な国だった。ラクダの放牧を主ななりわいとするアデュルラティーフ一家は、大家族で幸せに暮らしていた。「アラブの春」後シリアでも反政府運動が起こり、内戦が勃発する。政権による弾圧が繰り返され、ISの台頭などもあり、街は破壊され、多くの民が難民となっている。アデュルラティーフ一家も国を逃れ、今は異国で暮している。一家には行方不明となっている人もいる。彼らの故郷への思いは強いが、帰還は困難だと考えている。そんな混乱の中、お互いの文化の違いを乗り越えて、著者とラドワンさんは結婚しシリアを逃れて日本で暮すことになる。

自分は、中東の情勢についてよく知らない。紛争が頻発し、大国の思惑も複雑に絡みなかなか解決の糸口が見えない、その程度の知識で、個々の国の政情もほとんど分からない。複雑すぎて、少し調べたくらいでは簡単に整理がつかない。

最終章に書かれた著者の思い

最終章で著者は、今のシリア情勢に対する考えを次のように述べている。

アサド政権以前のシリアは、長年にわたる他国の支配により民主化へのビジョンが持てなかった。その後シリアを治めたアサド政権は、学校で「大統領は英雄で国民は国家に忠誠を誓うもの」と教えている。(天皇陛下を絶対的な神と教えた戦前の日本のように。)市民を懐柔させるための偏った教育システムは、政権側の思惑通り、人々が“政治プロセスを具体的にイメージし、行動する力”を奪った。政権に反旗を翻しても、多くが政権の否定と「変化すべき」の主張にとどまった。どのように、どこへ向かうかという具体的ビジョンを持つことなかった。結果ロシアやイランの支援を受けた政府は勢いを取り戻し、民主化は果たせず今に至る。

リシアの将来ははっきり見通せないとしながら、著者はこう結ぶ。

ヒマラヤの山々は、私に、“命が存在することの無条件の価値”を気づかせてくれた。人間がただ淡々とそこに生きている。その姿こそが尊い。わたしはその姿を追い求めていこう。

(中略)

わたしは歩き続ける。ヒマラヤから砂漠へ。難民の土地へ。そして、まだ見ぬ、人間の土地へ。

自分とは別の、多様な生き方を知る努力をしよう

どんな環境にあっても、「生きていること」にはそれだけで価値がある、世界中の人々がそう思える世の中でありたい。

アラブの人々の暮らしは、とても窮屈に感じる。特に女性にとっては。ただ、それを単純に否定してはいけない。そこには別の次元の豊かな暮らしがあるのだから。多様な人々の生き方、価値観を知ることは大切だ。

NHKの報道資料によると2007~2017年の紛争の犠牲者はシリアで31万人もいる。ちなみに2番目のイエメンは約2万人だ(NHK「中東解体新書」より)。そんなことも知らずに暮らしてきたことが恥ずかしい。この本を読み、NHK「中東解体新書」をぱらぱら見るようになった。わからないことだらけだが、中東のニュースを見たら、繰り返し調べてみよう。

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