御神籤は「末吉」で2026が始まる

暮れに実家に帰ると年が改まってすぐ、毎年近くの小さな神社にお参りをする。その時必ず家族みんなで御神籤をひくのが恒例行事。今年も雪の積もった100段以上ある参道を上り、お参り。それから御神酒をいただき、御神籤をひいた。悪い運勢なら御神籤を木の枝に結びつけるという風習はなく、家に帰って中身を見ることにしている。

今年は、運勢からではなく、裏に書かれた神の教えから読んだ。以下が全文。

神様の教え

無理に入れれば袋が裂ける、地位も名誉も神まかせ。

一升枡には一升しかはいらぬ。無理に入れればこぼれる。無理に抑えつければ桝が裂ける。

地位も名誉も財宝も、身分不相応は災いの素、神様御相手に、世の為、人の為に尽くして徳を積め。徳を積んで容器(いれもの)を大きくせよ。神の賜える財宝(たから)なら永久に逃げはせぬ。

さて運勢は・・・

末吉。多分凶は入っていないと思われる御神籤の中では、多分一番不運とされる末吉。(ちなみによい方から 大吉→吉→中吉→小吉→末吉→凶→大凶)

とはいえほぼ全ての項目が、今は運気が悪いがそれを過ぎればいずれ上手くゆくという運勢だった。これは、ある意味最高の運勢だと思う。神様の教えのとおり今は、自分の器が自分の願望に追い付けていないということなのだ。つまり、自分の容器を大きくしたら運はついてくる。運気を上げようとジタバタするのではなく、自分を磨いて容器が大きくなったことを神様は見ているのだ。いや違うか、それを一番知っているのは自分。

大谷翔平と容器

大谷翔平が「プレーで大切なのはテクニックですか、メンタルですか」という質問に対し「必要なのはテクニック(技術)のみ、メンタルは関係ない」と言い切っていた。

落合博光も同様のことを「体技心」と言っていた表現していた。「中心は技術、技術を身につけるためにはそのための練習に耐えられる体力が必要、心はあとからついてくる」のような。

大谷や落合の言葉を引用して、これはすべての人に当てはまるなどと言っている人も多いが、もうここは「境地」の世界。一握りの選ばれた人(アスリートなど)の中でも、さらに選りすぐりの人だけしかいけない場所。一流のアスリートでも、体や技だけでなく一緒にメンタルも鍛えようとなる。それだけ自分を追い詰められる人は、そもそもメンタルが強靭だ。

で、御神籤の話しに戻ると、こういった境地に入っている人は、自分で自分の器を大きくできる人なのだと思ったわけ。容器(入れ物、うつわ)を大きくするからどんどん技術も上がる。そう、今は真剣に学んでいろいろ試してみる時期なのかもしれない。大谷翔平を例に挙げるのもおこがましいが。

犬も歩けよ、棒に当たろう

これは、糸井重里が「ほぼ日コラム」に書いていたこと。まず自分がやるが大事。これも器を大きくに繋がるかも。

また、寺山修司の有名な本のタイトルに「書を捨てよ町に出よう」というのもある。最近誰かの文章に触発され、物(事象でもいいのだが)をよく見て言葉で表すという試みをしてみた。目も前のコーヒーカップひとつでも、言葉で伝えるのは難しい。何かあればスマホで撮ってラインで送る習慣が身についてから明らかに、じっくり観察するということが減った。

改めて思った、検索したり本や図鑑で得た知識は本物なのかと。

1か月ほど前から、スクショを控え手でメモするように頑張っている。考えるときも、パソコンで打つよりも手で書くスピードの方が考えるのには向いている気がする。世代的なものかは検証できていないが。

(注) 引用文の一部は記憶で書いているため、「~というようなことを言っていた」レベルです。

最後に今年の目標→容器を大きくする

外に出ていろいろ観察する。

とにかく手で書く、描く。

どんどんAIと英会話をして、早いうちにリアルな人と会話する

英語で発信する

面倒がらずにやる

書き始めたら、なんとか終わらせる

などなど。背伸びをせずに、日々こつこつ頑張って背を伸ばそう!

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